データ統合が進むSUBARUの「効果が見えるファンコミュニティ」。お客様と技術者のつながる場を目指して
株式会社SUBARU
国内営業本部 マーケティング推進部 宣伝課 課長(兼) ビジネスイノベーション部 カスタマーエクスペリエンスグループ 主査
安室敦史様
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お客様と技術者をつなぎ、協創を実現するファンコミュニティを作る
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Web行動ログ、購入車種、ファンコミュニティでの行動などのデータを統合し、行動分析と施策の評価を行う
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既存の会員サイトではファンが先鋭化しすぎていた
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一方的な情報発信の場になってしまっていた
効果
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お客様と社員がつながる場を作ることで顧客理解を踏まえた共創を実現する
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クローズド環境でこそ収集できるSUBARUで命が救われたといったUGCを活用する
行動ログだけでは見えないお客様とつながる場を目指して
──まずは貴社の事業と安室様のミッションを教えてください。
安室様:当社は主に独自の安全性を備えた自動車を開発・製造・販売するメーカーです。現在も航空宇宙カンパニーがありますが、祖業は中島飛行機という飛行機開発からスタートした会社で、戦時下では戦闘機を開発・製造していました。当時の技術者は「戦争に勝つために飛行機を作ってるんじゃない。パイロットを生きて帰すために作ってるんだ」と言っていたそうです。例えば、戦闘機は周りがよく見えないと撃ち落とされてしまいますよね。だから大きなキャノピー(窓)を採用して周りがよく見えるようにしたり、運動性能を向上するなどさまざまな工夫を凝らしていました。
そうした安全思想は今の自動車開発にも息づいています。「3つのカメラでいのちを守る」のコンセプトで売り出している「アイサイト」は30年以上前からコツコツと開発してきた運転支援システムです。他社の車でも同様の運転支援システムの搭載が進んでいますが、SUBARUでは法規制が始まるはるか昔から開発を進めており、人の安全を中心に開発しているSUBARU車が持つ高い安全性能は一日の長があり、当社独自の魅力があると考えています。
ところがそれが市場には十分伝わっていません。国内自動車市場全体はおよそ横ばいで推移している中、当社の国内販売台数はここ数年減少してしまっています。要因は複数ありますが、私は当社のマーケティングが噛み合っていなかったのだと考えています。そんな中で私が担うミッションは、安全性をはじめとした、技術者のこだわりが詰まったSUBARU車の魅力をお客様にお伝えして、シェアを伸ばすことにあります。それによって、2030年交通死亡事故ゼロに向けた取り組みを加速していきたいと考えています。
──貴社で取り組まれているマーケティング施策とコミュニティ導入を決めた理由を教えてください。
当社は2016年に構築したCDPをはじめ、OneIDでの顧客データ統合を実現しているので、例えばはじめてのWebサイト訪問がいつか、何回訪問したのか、いつCVしたのか、いつディーラーに来店していただいて、どの車をご購入頂いたのか、といった行動ログが統合されています。
また、毎週全ディーラーの定性評価が集まってくる仕組みもあります。例えば今週はCMを見ての来場が多かったというような内容ですね。ただこの定性評価はディーラーによって評価が真逆なことも多々あり、結局よくわからないのです。
そんな時に西口一希さんに、共通の知り合いを通じてお会いして、一緒に全国のディーラーを回ってみることになりました。
これまでは行動ログやディーラーからの定性評価を活用して仮説立てを行っていたわけですが、実際にディーラーに足を運んでヒアリングをしてみると、会議室で考えていることと大きく異なることがわかりました。シナリオやコピーを会議室で考えていると、例えばSUBARU車が好きな人はアウトドア好きに違いないという社内の顧客イメージがあって、これまではCMなどでアウトドア訴求をしていたのです。
ところが実際にディーラーに足を運んでみると、例えばアウトドアでの利用用途よりも、奥様が平日に子供の送り迎えや買い物で利用されているというようなケースの方が多いことが分かりました。その結果作成できたシナリオやコピー案は17パターン以上に及び、CMの訴求に活かしたり、デジタルマーケティングで細かくターゲティングと訴求内容をチューニングしてマーケティングの質を上げています。
私自身、ディーラーに3年半のセールス出向経験があるので、お客様のことはわかっていたつもりだったのですが、昔のお客様と今日のお客様、そして明日のお客様は違うので、その後もチームメンバー全体が、継続してディーラーに足を運ぶ機会を設けています。
一方で顧客理解はマーケティング部門だけが必要な訳ではありません。当社の事業所は群馬・三鷹・恵比寿にあり、事業所数も物理的な距離もそれなりにあるため、情報共有にも限界があります。各部門が、業務の一環としてお客様とのコミュニケーションを取り入れやすいようにとコミュニティの導入を考えるようになりました。そんな中coorumを選んだのは、メンバーからサポートが充実しているという声が上がったことと、当社のデータ基盤とcoorumのデータを統合してデータ分析ができるので、投資対効果の判断がしやすいだろうと感じたためです。
──お客様を理解するために、定量調査やディーラーからの定性評価と、コミュニティで得られるインサイトはどのような違いがありますか?
定量調査とコミュニティやディーラーでのヒアリングでは、目的や活用方法が違うと考えています。定量調査はインサイトを得るというよりも、立てた仮説を確認するために利用しています。一方でディーラー訪問やコミュニティでは「見えていない事実」を知ることができます。集めたファクトを緻密に分析し、「こういう訴求をしたらこの層のお客様に響くのではないか」などの仮説を立て、それを定量調査にかけて、どの案が誰に最も評価をされたのかを確認するといった、調査の使い分けが重要だと考えています。
コミュニティやディーラー訪問では、顧客、販売の最前線にいるセールスが対象となりますが、定量調査は未購買のお客様にも確認できるといった違いもあります。そのため、コミュニティを始めたからといって、定量調査をやらなくて良いわけではありません。
定量調査やアンケートとコミュニティでは、スピード感の違いもあると思います。お客様の声を集める方法として現在はアンケートツールも活用していますが、今後はコミュニティで直接問うほうがスピード感が高まる可能性があるのではないかと感じています。
口下手な技術者とお客様のコミュニケーションでこだわりを伝えたい
──これからオープンするファンコミュニティにはどのような仕掛けがあるのか教えてください。
安室様:ファンコミュニティではお客様と当社の社員、なかでも主に技術者が参加して、直接コミュニケーションを取れるようにしたいと考えています。ディーラーと開発拠点は物理的にも距離が離れていることもあって、現状、技術者はお客様との接点が少ないのです。この分断をなくすべきだと考えています。ちょうど同時期に、当社の社長交代人事に伴い、市場の声を取り入れた開発、今までの開発フローの改革を求める「モノづくり改革」が始まりました。
技術者とお客様がつながる機会を持つために、イベントを開催するという手もありますが、大掛かりになりますし、そうそう頻繁に開催することは難しいので、ファンコミュニティの中で自然と業務の一環としてお客様とお話できる環境を構築することで、顧客理解を踏まえた共創を実現することが狙いです。
私も技術者に会いに行くことがあるのですが、当社の技術者は強いこだわりを持って、車づくりをしている一方で、皆得てして口下手で商売下手です。実はあるSUBARU車のサイドミラーは、左側だけ1cm前に取り付けてあるんです。そんな話は他で聞いたことがないので、理由を尋ねてみると、「平日の日中は女性が運転することが多いので、その時に起こりやすい事故を調べたところ、左折時に左側の内輪差で電柱にぶつける事故が多いことがわかりました。だから少しでも死角が少なくなるように1cm前にずらした」というのです。
この話は当社の技術者のこだわりがよく分かる例だと思うのですが、カタログには書いてありませんし、1cmの違いに気づく人はなかなかいません。技術者に直接話を聞かなければ、私のような社員であっても知らないのです。同様の例は他にもたくさんあるので、お客様にはファンコミュニティを通じて技術者から直接様々なこだわりを聞いて頂きたいなと思っています。
またお客様が日々感じている、ここが使いにくい、こんな風にしてほしいという要望を技術者がヒアリングできる場としても活用できるだろうと考えています。
──すでに会員向けサイト「スバコミ」も運営されていると伺っていますが、新たにファンコミュニティを立ち上げる狙いを教えてください。
安室様:既存の会員サイトは長く運営してきたなかで、一部のコアファンがある意味で先鋭的な存在になっていて、新たな会員を含めた交流がし辛い環境になってきているのではないかと仮説を持っています。また、マイスバルというオーナー向けAppもお客様とセールスという意味では双方向性がありますが、お客様とメーカーという意味では双方向でつながる場所がありません。
一見、お客様とつながっている会員サイトのように見えて、一方的な情報発信になっている部分も多く、お互いの顔が見える会話を目指してスバコミの廃止と、新ファンコミュニティの立ち上げに踏み切りました。
既存の統合データとファンコミュニティの行動ログで投資対効果を計る
──ファンコミュニティのKPI設計はどのようなものを想定していますか。
安室様:先述の通り、Webサイトへのアクセスから来店、購入などのデータ連携はすでに完成しているので、ファンコミュニティのデータも連携し、ファンコミュニティ上での行動データとLTVの相関などを見ていく予定です。それによって定量的にROIを測りづらい、ファンコミュニティの価値も明確に評価できるだろうと考えています。
そうは言っても、自動車は高額で買い替え周期が長い商材です。最近の平均車齢(街中を走っている車が何年使われているか)は9.7年だと言われており、購入者がロイヤル顧客になったとしても次の購入は約10年後というわけです。その10年の間にどれだけロイヤルティを維持できるか、また次の購入者につながるUGCを生成してもらえるかという観点でもファンコミュニティに期待しています。
──UGCの収集とその活用についても教えてください。
企業が発信する情報だけでなく、来店前にいかに購入者の声に触れているかということが購入時に大きく影響するようになってきています。SUBARUは「交通死亡事故0」を目指して安全性能を高めてきた結果、他社と比べてSUBARU車の死亡事故の件数は半分くらいに抑えられています。しかし、安全性能というのは実際に事故にあってはじめて実感できるものなのでとても伝えにくいのです。ここで欠かせない視点が「第3者が勧めるSUBARU」づくりだと考えています。
実は、当社にはSUBARU車の安全性能を身をもって体感なさったお客様からのサンキューレターが、毎月のように届いています。例えば、事故で潰れてしまった車の写真を添えて「車は事故でこうなってしまったけれど、SUBARUに乗っていたから命は守られた。次もSUBARUを買います」といった内容です。
こうした生々しいファクトは、マーケティングの観点ではとても強いと考えています。アメリカのSUBARU販売会社ではWebサイトを通じてこうした情報を集め、CMを作って放映しています。SNSではなかなか収集しにくい情報なので、ファンコミュニティというクローズドな環境だからこそ収集できるUGCになるのではないかと思います。
──ファンコミュニティのオープンを楽しみにしています。本日はありがとうございました。