ファンマーケティングを始めたいと思った人なら、誰もが一度は目にしたことがある企業名がヤッホーブルーイングではないでしょうか。ファンに楽しんでもらうため、赤字でもイベントの開催を続けるのは、なかなか真似が出来ることではありません。
そんなファンとのコミュニケーションを大事にし、「ビールに味を!人生に幸せを!」をミッションに掲げるヤッホーブルーイングで、ファンコミュニティ「よなよな エールFUN×FAN団」のユニットディレクターを務める岩城 佳那(いわき かな)さんに、今のヤッホーブルーイングの熱烈なファンの作り方と、コロナ禍のイベント開催について、お話を伺ってきました。
岩城 佳那 氏 (以下、岩城)
株式会社ヤッホーブルーイング「よなよなエールFUN×FAN団」ユニットディレクター
Twitter:@yohobrewing (よなよなエール/ヤッホーブルーイング公式)
ー岩城さんがヤッホーブルーイング社に入社されてから、現在に至るまでに行ってきたことをお聞きかせください。
私は新卒でヤッホーブルーイングへ入社し、最初の配属先は広報のユニットで、主にファンイベントの企画実行やFacebookページの運営を行っていました。
(Cxin編集部注:フラット構造を大切にするヤッホーブルーイング社では、「部」や「チーム」ではなく、社長以外は「ユニット」単位の横並びの組織体制になっています。)
Facebookページは、当時は顧客のロイヤリティや、エンゲージメントの向上が目的で、オウンドメディアのような位置付けをとっていました。運営方針は、弊社スタッフと顧客、双方の顔や名前が分かる形を目指していて、名指しでコメントのやりとりをするような感じでした。
これが、私のファンとの交流の原体験になっています。
その後、ファンイベントの「よなよなエール大人の醸造所見学ツアー」や「よなよなエールの超宴(以下、超宴)」などを経験し、昨年の12月に元々いたユニットを、いわゆる「マーケティング部隊」と「実行部隊」に分ける提案を行うと共に、イベントを企画実行する側「よなよなエールFUN×FAN団」のユニットディレクターに就任させていただきました。
ー「マーケティング部隊」と「実行部隊」に分けたことで、なにか影響はありましたか。
元々、ヤッホーブルーイングは社長が「ファンマーケティングをやる」と旗を振っているので、ある種“やってから考える”でできていた部分がありました。
ただ、現在はありがたいことに、イベントの規模が大きくなり、効果測定や再現性の部分をしっかりみていかなければいけないという課題が見えてきたので、ユニットを分けて、顧客分析やカスタマージャーニーの設定にしっかりと時間を割いて取り組めるようになったのが、良かったことです。
ーかなり細かくユニット分けされているのかなと思いましたが、それぞれのユニットはどのような役割を持っているのでしょうか。
ヤッホーブルーイングの組織体制は、顧客の状態(ファン度)にあわせて分かれています。最初の入りとしては、製品認知を行う広報、店頭に製品を届ける営業、認知の拡大を目指すプロモーションの各ユニットが「まず、よなよなエールを知って、買ってもらう」ための活動を行っています。
(岩城氏スライドより)
それぞれのユニットの働きかけで、顧客の状態が認知から、理解・興味、トライアル購買へ変化していくにつれて、「超宴」や「大人の醸造所見学ツアー」などという、私が所属するファンイベントのユニットにバトンが渡されていく形です。
あとは、公式ビアレストランが東京に8店舗あるので、そこもロイヤリティアップの起点の1つとして活用しています。
その他の顧客とのタッチポイントは、ECサイトやオウンドメディア、各種SNSですね。ここも、SNS運用を行うユニットや通販運営のユニットなど、それぞれ専属でみているユニットが存在します。
このように、タッチポイントが複数ある中で、顧客の状況(ファン度)にあわせてそれぞれのユニットが動いている体制です。
ファンマーケティングの効果の測り方
今までは、イベント開催後の満足度アンケートだけで効果測定を行っていました。最初は「いかに良いイベントにしていくか」という想いで、イベント実施のなかでPDCAを回していたのでこの形でしたが、そこから更に顧客のロイヤリティ向上に繋げる形に変化させることを目的に、2016年にNPSを導入しました。
一方、NPSを導入したことで、私たちが見たいロイヤリティはNPSだけでは測れないということが見えてきました。というのも、「よなよなエールはすごく好きだけれど、広く世の中に知られるのは少し寂しい」「好みが分かれるから広くおすすめしたいわけではない」というような顧客心理があることが見えて、あくまで「お勧めしたい度」を測るNPSでは、充分ではないことが分かったのです。
そこで、純粋な「好き」を測るために、2017年に「熱狂度」という指標を取り入れました。
ーイベントの満足度は開催後のアンケートで取得していたとのことですが、NPSや熱狂度はどのタイミングで計測しているのでしょうか。
実は、まさに変更をかけている最中なんです。
今まではイベント開催後に計測していましたが、変化をみるためにはイベント前後も含め継続的に追っていく必要があるので、会員サイトのIDと紐付けて、イベント体験や購買履歴を定点観測していく形で構築を進めています。
残念ながら、今回のおうち超宴には間に合わなかったので、試験的に事前アンケートと事後アンケートをとってみることにしました。たとえば、メールアドレスで紐付けをして、ビフォーアフターで行動変容を見れないか検証を進めています。
ファンとの絆の原体験
ーファンマーケティングに舵を切った、てんちょ(社長のニックネーム)の原体験に、通販を通したファンとのコミュニケーションがあったと聞いています。
双方向コミュニケーションが難しいイメージの通販から、今のファンコミュニティ形成に至るまでのはじめの一歩を教えてください。
当初は楽天市場に出店していたので、よくある通販サイトと同じです。ただ、日本でもいち早くビールの通信販売に注力していたので、タイミングにも恵まれてショップオブザイヤーを受賞させていただきました。
その授賞式に仮装で出席した報告を、サイト上やメルマガで発信したり、「夫婦で50年間飲み続ける契約をしたら、3,000,000円引きで売ります」というような面白企画をつくったり、他がやっていない“顧客を楽しませる”ことを一生懸命やっていたら、反応のメールが少しずつ届くようになりました。
ー「顧客を楽しませたい」がベースにあることで、双方性が生まれたということですね。
ここまで「楽しませる」に寄せると、発信する「人」にファンがつくこともあるのでしょうか?
そうですね。最初は、よなよなエールが好きという切り口で入ってくる方が多いと思います。メルマガの内容は、よくある醸造所や、製造工程の話といったビールを主軸にした話題にしていますが、ヤッホーブルーイングの場合は、その人の個性が伝わる文面で送っているところが特徴かなと思います。よくある、ビジネス文章の個性を消すような文面とは全く違います。
そうすることで、人の「気持ち」のボールが投げられるので、その想いに共感してくれるファンの方が増えていっているように思います。
ヤッホーブルーイングが提供するバリューに「顔が見える」ことを明確に置いているので、今でもメルマガはスタッフの記名が必ず入っていますし、イベントもタレントや有名人をあまり使いすぎず、弊社のスタッフが司会進行から受付を担当するなど、スタッフの顔が見える形になることは意識しています。
ー属人化が良くない風潮もあるかと思いますが、逆に振り切っているのでバランスを考える必要はないということでしょうか。
属人化については、メッセージの一貫性が保たれていれば良いと思っています。弊社の場合は、会社のミッションである「ビールに味を!人生に幸せを!」ですね。
そこの軸をぶらさずに向かっていくメンバーであれば、ヤッホーのスタッフも、何だったらファンの皆様も仲間で、個性を認め合う変わり者集団のようなイメージでいます。
ただ、1人に偏りすぎないようにしないといけないとは思っています。
例えば、てんちょは自分自身が前へ出るのが好きということもあって、超宴やオンライン飲み会など、色々なところで出てもらっていました。ただそうすると、彼は組織のトップですし、以降の交流が集中してしまうので、そこは意識的に色々な個性のメンバーが出ることを意識しています。
ーあえて「上手くいかなかったこと」のお話をお聞きしたいです。
例えば、オンライン飲み会「よなよナイト」の視聴者数です。(事前共有頂いた資料より)視聴者数が伸び悩み、開催見送りも検討されたとのことですが、伸び悩んだ原因は何だったのでしょうか。
よなよナイトは2015年に始めたのですが、きっかけはオフラインイベントの会場のキャパシティや頻度の不足を解消するためでした。
開催当初は参加者数10,000人超えを目指してテンション高くやっていましたが、実際やってみると、参加者数は100人前後。しかも、これまでも常にイベントに参加してくださっていたコアなファンの方々がほとんどという状態でした。
イベントの内容自体は、リアルタイムにスタッフと近い距離感のコミュニケーションがとれる点が、参加者の方々からとても好評でしたが、元々の目的であった、「大規模かつ高頻度」は達成できませんでした。
反対に、コアなファンにコアな情報をインプットする場として、非常にワークしていたので、最初の目的を切り替えて、細々と継続していました。
ただ、いくら「細々と」といってもリソースはかかるので、優先順位の問題で2020年は難しいかもしれないとなっていました。
ーそこに、コロナでオフラインイベントが出来なくなって、「おうち超宴」開催になったということですね。世の中の流れ自体も変化が合ったと思うので、状況も踏まえて今後のイベント開催をどうしようというのはありますか?
ターゲット設定やイベント内容はまだまだ工夫の余地があると思い、再考中です。
あわせて、オンラインならではのコミュニティのあり方も検討中です。オフラインが難しい状況の中で、コミュニティへの新規参加メンバーと既存のメンバーをどう繋げるかが非常に大事なので、たとえば、オンラインイベント後に“二次会コンテンツ”をやりたいなと思っています。
通常のイベントは、弊社の発信に対して参加者がチャット欄にコメントをするといういわゆるハブ型ですが、その終わり際に、「二次会やりたい」とコメントされることが多く、ニーズが顕在化しているんです。
なので、二次会ではYouTubeとは別のツールを使って、参加者が少人数で交流出来る場を作ってあげたいなと考えています。結局、“大きい箱”にたくさんの人数が入っていても、コミュニケーションは生まれないからです。
しかも、「イベント直後にそのまま」というのがポイントですね。イベントという共通の話題があることで話しやすく、ファン同士横のつながりが作れるのではと思っています。
焚き火からキャンプファイヤーへ
ーこれまでオンラインのお話をお聞きしたので、オフラインのお話も教えて下さい。
ファンを巻き込んだ「飲み会イベント」は2010年が最初で、参加者が約40名だったと聞いております。
この人数は、最近よく言われる焚き火理論の「コミュニティの立ち上げは少数精鋭」というには、少々人数が多いように思いますが。
確かに、最近よく見る事例と比べると、結構人数が多い感じがしますね。
ただ、その時点で通販サイトを介した顧客とのコミュニケーションは既にあって、すごくファンが支援してくれている実感はありました。
なので、その時点でブランドがハブになって、焚き火の小さな火はつき始めていたのではと想像します。
(岩城氏スライドより)
ーなるほど。火付けの段階はイベントの前から始まっていたということですね。最後に、岩城さんが考える「今後、よなよなエールのコミュニティをこうしていきたい」やというお考えや想いをお聞きできればと。
そうですね、弊社では「学び・交流・共創」のサイクルを掲げていますが、「共創」の部分は、たとえば「顧客と共同開発」といった、外に対してわかりやすい共創はできていません。
ただ、単純に出来ていないというわけではなく、常に顧客と創りあげている感覚というのが正しいですね。
コミュニティの盛り上がりもそうですし、イベント開催にはボランティアで参加してくださったり、おうち超宴やSNS企画に前のめり気味に乗っかってくれたり、当日のチャットで他の参加者にフォローのチャットを入れてくれたりと、ファンがいるからイベントが成り立っていると思っています。
よく、「コミュニティは小さくても、確実に火をつけるところから始めよう」と言われますが、そのフェーズから、火がどんどん燃え移りそうなフェーズに来たなと思っています。
更に、オンラインの波も来ているので、また1つ、大きなよなよなの話が広げるチャレンジがしたいです。
今まではリアル一辺倒だったので、オフラインとオンラインの両輪で回せる仕組みを構築することで、ファンベースの活動を加速させていきたいと考えています。